1.プロジェクトの背景
1-1.今、我々が直面する社会課題
温室効果ガスの排出を一因とする地球温暖化とそれに伴う気候変動、さらに開発・自然資源の過剰利用等に端を発する生物多様性の喪失は、著しい速度で進行しています。これらの深刻な環境問題の解決に向け、企業に向けた国際的な情報開示の枠組みとして、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が提言されました。また2022年には、COP15(国連生物多様性条約第15回締約国会議)において、2030年までに生物多様性の損失を食い止め回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」が国際ミッションとして示され、その達成に向けた目標として、陸域と海域の30%以上を自然環境エリアとして保全する「30by30」 が策定されました。このように、社会課題の解決に向け企業が果たす役割が重要視されるようになっています。
1-2.ランドスケープアプローチによる社会課題の解決
当社グループは、主要事業エリアである東京において、豊かな自然を有する奥多摩町と2021年8月に包括連携協定※1を締結しました。そして2022年10月、当社グループは、30年間にわたる地上権設定契約の締結により同町が保有する森林を引き継ぎ、「森を、つなぐ」東京プロジェクトが始動しました。
奥多摩町は、町の面積の94%をも占める森林を有しながら、世界的にも有数の人口をかかえる東京圏に近く、国内外から多くの観光客が訪れています。一方で、林業の衰退や、少子高齢化・過疎化は深刻な課題であり、人口は今後20年で更に半減するとの予測もあります※2。当社グループは、このような地域特有の社会課題に対し、自然・社会・経済の総合的観点から解決を試みる「ランドスケープアプローチ※3」の考え方に基づき、当社グループの事業活動を通じた自然と都市の共生を目指します。
『奥多摩町と野村不動産ホールディングス株式会社との持続可能な社会の実現に関する包括連携協定書』
国立社会保障・人口問題研究所(社人研)推計準拠
一定の地域や空間において、主に土地・空間計画をベースに、多様な人間活動と自然環境を総合的に取り扱い、課題解決を導き出す方法。(2023-2030生物多様性国家戦略より)
当社グループは、2050年のありたい姿として、サステナビリティポリシー「Earth Pride-地球を、つなぐ-」を掲げ、事業を通した社会課題へのアプローチにより、 “誇れる地球”をあしたに繋ぐことを目指しています。本プロジェクトでは、東京を舞台に、自らが自然と都市の共生のモデルケースとなり、学んだ知見を他の地域へ広く展開させていくことで、社会的インパクトの創出と企業成長の両立を図ってまいります。
2.循環する森づくり
2-1.自然環境の源流となる「森」への働きかけ
森林はCO2を吸収して地球温暖化防止に寄与する他、水源を守り、川や海の豊かな生態系や漁業資源の形成に大きく関わっており、人類は森林が持つこれらの多面的機能の恩恵を享受しています。森をつくり、守るということは、自然環境を醸成する源流へのアプローチにほかなりません。当社グループは、奥多摩町内の保有林(実測面積約130ha)を“つなぐ森”と名付け、この森をフィールドに、森の多面的機能を発揮させる「循環する森づくり」を推進してまいります。
なお、森づくりにあたっては、当社グループ(非連結)である「森をつなぐ合同会社」が、組合員として森林管理を東京都森林組合に委託し、奥多摩町唯一の製材加工所を運営する株式会社東京・森と市庭(いちば)が製材(一次加工)を担います。また、製材後の木材は、当社グループの事業にて積極的に利活用し、木質化建物の開発を通じて脱炭素(建物への炭素貯蔵)にも貢献してまいります。
■「循環する森づくり」のストラクチャー
【つなぐ森の概要】
面 積:実測 約130ha (登記簿 約79ha)
立 木:スギ・ヒノキ 74.2%、広葉樹 25.8%
その他:敷地内林道(寸庭線/奥多摩町林道)・
寸庭川(奥多摩町管理河川)・山葵田あり、
急峻な地形が特徴
日本と世界の森林課題の比較
日本の森林課題は世界とは大きく異なります。世界では、農地への転用、過剰伐採等による生態系の破壊やCO2吸収機能の低下、また違法労働や先住民の権利侵害等が問題視されています。一方日本では、主に戦後に植林された森林の管理が滞ったことによる、森林の多面的機能の低下が課題となっており、伐採適齢期を迎えた立木の伐採、新たな樹木の造林保育等、循環する森づくりの取り組みを通して、森林の多面的機能を回復させることが求められています。
2-2. 野村不動産グループ独自の森づくり
①生物多様性への取り組み
つなぐ森では、健全な生態系の維持、重要種の保全及び生態系サービスを通した生物多様性への取り組みに注力してまいります。
②CO2吸収量の向上
伐採・造林保育を通して高齢林の若返りを図ることで、地上権設定期間(30年間)の森林のCO2吸収量は累計約16,600t-CO2※4に上ると試算されています。これは森林を放置した場合の約1.4倍に相当します。またこの間、伐採した木材の利用に伴う炭素貯蔵量は累計約11,000t-CO2※5となります。
「森林による二酸化炭素吸収量の算出方法について」(令和3年12月27日 林野庁長官通知)に基づき算出
素材生産量約 37,000 ㎥×製材歩留り50%にて算出
③木材生産性の向上
新たに森林作業道を整備することで、伐採・造林保育時の効率化につなげます。
④土壌・水源涵養機能の強化
毎年の主伐箇所をモザイク状に分散させ、また異なる樹種からなる複層林の形成を図ることで、表層土の流出抑制や土壌の保水性向上を図る等、土壌・水源涵養機能を強化します。
⑤森林認証(SGEC/PEFC FM認証)※6の取得
つなぐ森は、2023年6月に、「SGEC森林管理認証(FM認証)及び国際相互認証制度PEFC認証」を取得しました。また認証材の流通を促進するため、つなぐ森から伐採した木材のサプライチェーン全体に対し、同認証の取得を促していきます。
独立した第三者機関が一定の基準等に基づき、適切で持続可能な森林経営が行われる森林または経営組織等を審査・認証する制度
2-3.木材利用に向けた取り組み
つなぐ森から伐採した木材は、当社グループの事業にて積極的に利用していきます。当社グループが主体となり開発を進める「BLUE FRONT SHIBAURA(東京都港区)」に本社移転(2025 年予定)するにあたり設置した浜松町トライアルオフィスの床材には、つなぐ森から伐採した木材が用いられています。
また更なる木材利用の促進に向けて、2023年10月に、当社グループと東京都との間で「建築物木材促進協定※7」を締結しました。
「森を、つなぐ」東京プロジェクトに関する建築物木材利用促進協定
3.生物多様性
3-1.多様な生物が生息するつなぐ森
2023年4月から1年間で実施したつなぐ森内での生物多様性調査では、50種(植物・哺乳類・両生類・爬虫類・鳥類)もの重要種※8が発見されました。つなぐ森の豊かな生物多様性や生態系管理の取り組みが評価されたこと等から、2023年4月から登録制度がスタートした「自然共生サイト※9」に認定されました。
- ・IUCNレッドリスト:深刻な危機(CR)/危機(EN)/危急(VU)
- ・環境省レッドリスト2020:絶滅危惧Ⅰ類(CR)/絶滅危惧ⅠB類(EN)/絶滅危惧Ⅱ類(VU)/準絶滅危惧(NT)/情報不足(DD)
- ・東京都レッドデータブック2023(本土部):絶滅危惧Ⅰ類(CR)/絶滅危惧ⅠB類(EN)/絶滅危惧Ⅱ類(VU)/準絶滅危惧(NT)/情報不足(DD)
- ・絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(通称:種の保存法):国内希少動植物種に指定された種
環境省が、民間との取り組み等により生物多様性の保全が図られている区域を認定する制度
3-2.生態系及び重要種の保全に向けた取り組み
●生態系管理計画の策定
生態系調査完了後には、つなぐ森の豊かな生態系を守り発展させていくための管理計画を策定します。
●生物多様性有識者会議の設置
「森を、つなぐ」東京プロジェクトでは、生物多様性・自然資本に関する有識者会議を設置しました。各分野の専門性を有する研究者をはじめとした有識者の意見を踏まえつつ、生物多様性に関する国際・国内ガイドラインの推奨項目の充足等を図ります。
生物多様性有識会議のメンバー
氏名 | プロフィール | 専門分野 |
---|---|---|
橋本 禅 | 東京大学大学院 農学生命研究科 生圏システム学専攻 准教授 生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)学際的専門家パネル(MEP)共同議長 |
生態系サービス・ランドスケープ計画・環境政策 |
森 章 | 東京大学先端科学技術研究センター 教授 | 生態学・生物多様性・生態系サービス |
御手洗 望 | 青梅自然誌研究グループ 代表 | 多摩地域の生物および生態系 |
●生物多様性のモニタリング
・クマタカの保全
絶滅危惧種に指定されているクマタカの営巣期を避けるため、伐採を伴う森林施業を9月~翌1月に限定します。
生態系ピラミッドの頂点に存在するクマタカを保全することで、生態系全体の個体数の安定に寄与します。
・モザイク状小規模皆伐
一度に広範囲の皆伐を行わず、毎年離れたエリアを小規模に伐採することで、動植物への負荷を最小限に抑え、森林施業と生物多様性の両立につなげます。
4.今後の展開
つなぐ森における伐採計画では、長い年月をかけて伐採が一巡する見込みです。
長期に渡る取り組みであるからこそ、30年間の森林の保有契約満了後も、持続的なプロジェクトとして展開・発展させる必要があります。今後の取り組みにおいては、不動産開発における木材活用の他、グループ全体の事業活動にも本プロジェクトを紐付けてまいります。
~ネイチャーポジティブに向けた新しい取り組みの検討~
「森を、つなぐ」東京プロジェクトでは、今後奥多摩町およびつなぐ森でのレクリエーション提供等を検討しています。生態系サービスを通じ、ネイチャーポジティブに貢献すると共に、ステークホルダーから本プロジェクトに対する共感を獲得し、野村不動産グループの持続的な発展につなげることを目指しています。
今後の取り組みにおいては、様々なステークホルダーとの共創を通してセクターの枠を超えたパートナーとの共創・連携により推進し、新たな価値の創出に取り組んでいきます。「森を、つなぐ」東京プロジェクトを通し、サステナビリティポリシーの実現に向けて着実に歩を進め、事業活動を通して未来へと地球をつないでいける企業を目指します。
サステナビリティ
- 環境(気候変動と自然環境)
- 社会(社会と社員)
- ガバナンス
- ESGデータ集